排便のしくみ その3

意図的な排便―排便制御―のしくみ

1. 排便時の感覚(痛み)とその伝わり方

 排便に伴う感覚は、自律神経や体性神経を通じて中枢神経すなわち脳に伝えられます。自律神経が伝える感覚のひとつに、腸管が動いたりふくらんだりすることによって生じる内臓痛とよばれる感覚があります。下腹神経という名前の自律神経の中にあるC線維と呼ばれる神経線維を伝い、内臓痛は脳に向かって伝えられます。内臓痛は、おなかの痛み、便やガスがたまって腸が動いたりふくらんだりするときに感じる痛みです。「疝(せん)痛」とか「しぶり腹」といった言葉で表現されることもあります。排便したりおならが出ると和らぎます。日々の排便の営みは、便がたまったときの不愉快な感じと排便後のすっきり感の繰り返しですが、この内臓痛が生じたり消えたりするのが繰り返されると考えられます。
 一方、便が肛門を通過するときの感覚は、肛門の周りにある陰部神経という体性神経によって中枢に伝えられます。硬い便が通過するときや、直腸と肛門の境目が切れて出血するときに生じる痛みは、体性痛とよばれ、Aδ線維という神経線維を伝って脳に向かって伝えられます。刺すような鋭い痛みで、じわっとくる、わき上がってくるような内臓痛とは区別できます。
 このような排便に伴って生じる内臓痛や体性痛は、それぞれ、自律神経と体性神経の神経線維を伝って脊髄に入ります。脊髄の中では、さらに、二つの別々の経路で脳に向かって伝わります。内臓痛は、古脊髄視床路と呼ばれる神経のとおり道を通って延髄にある脳網様体というところに伝わり、体性痛は新脊髄視床路と呼ばれる神経のとおり道を通って視床というところに伝わり、さらに大脳辺縁系・大脳皮質へと伝わります。これらの痛みの伝わり方は、生まれたときから備わっています。もし、こどもが排便するときに肛門部の痛みを経験すると、次に述べる視床・大脳辺縁系の働きによって不愉快な情動を引き起こします。実は、このしくみが慢性便秘症の引き金になると考えられるのです。

2.視床・大脳辺縁系のはたらき

 脳には、からだのあちこちからあらゆる感覚が伝わってくる場所、視床・大脳辺縁系があります。伝わる感覚には、目や耳や鼻や舌、皮膚で感じる感覚だけでなく、腸管などの内臓神経から伝わる感覚を含みます。視床・大脳辺縁系には、伝わってくるこれらの情報を記憶する機能と、これらの情報と好き嫌いなどの情動とを結びつける働きがあります。身の回りや体の中で起きるさまざまなできごとが自分にとって益か害か、好きか嫌いかを評価して、評価に基づいて情動を発現したり、本能に基づく行動、情動にもとづく行動をおこすしくみです。
 たとえば、にこにこしているお母さんの表情ややさしいことばが目や耳から伝わると、やさしいお母さんとの情報だと判断して、うれしくなり、にこにこした表情になったり、手を伸ばしてお母さんにさわろうとするといったことのしくみです。こどもを取り巻く様々な情報、哺乳したり、母親の顔を見たり、声を聴いたり、指で触ったりといった情報が絶え間なくもたらされ、気もちいいと思えれば笑い、いやだと思えば泣くといった反応をするための元になる感情をもたらす仕組みが視床・大脳辺縁系にあるのです。
 排便に結びつけて考えれば、排便するときにうごいたり、ふくらんでいる腸管からは内臓痛が伝わり、排便のあと腸管のふくらみが消えると内臓痛も消えるといった営みが繰り返されると、視床・大脳辺縁系では、便がたまって腸がふくらむのは不愉快なもので、排便するとおなかがすっきりして気持ちよいものだとして記憶されるのです。

3.大脳皮質による排便の制御

 視床・大脳辺縁系と呼ばれる部位は、中枢神経では下位、低い身分の中枢神経です。視床・大脳辺縁系で処理される情報は、中枢神経のより身分の高い、中枢の中の中枢である大脳皮質に伝えられます。大脳皮質は、高度に発達した神経回路で、人間では、Brodmannという脳科学者の研究に基づいておよそ50の「領野」とよばれる部分に分けられています。それぞれの領野同士が複雑なネットワークを形成して、人間が人間らしく行動するための司令塔の役割を果たします。視床・大脳辺縁系に伝わった感覚に基づいてつくられる情動の情報、すなわち好ききらい、楽しいつらいなどの気もちを含んだからだの状態の情報は、大脳皮質に伝わります。そして、感覚領野、連合野さらには前頭前野といった大脳皮質は、伝わったこれらの情報をもとに、運動領野という大脳皮質から運動神経を介し、どのような行動するか指令が発せられるのです。
 たとえば、「にこにこしているお母さんの顔を見てこどもが手を伸ばす」という動作は、やさしいお母さんの顔の情報が視床・大脳辺縁系に伝わって、うれしいという感情が作られ、この感情の情報が上位の大脳皮質に伝わり、「手を伸ばしてお母さんに触れよう」と大脳皮質から手を動かそうという指令が出され、その結果、こどもはお母さんのほうに手を伸ばすのです。
 排便するときは、自律神経のはたらきで大腸が動き、直腸肛門反射がおきて内肛門括約筋がゆるみ、便が出そうになりますが、便の排泄をよりスムーズにするため、外肛門括約筋を緩め、腹圧を高めるように指令を出すのは大脳皮質のはたらきです。また、より複雑な、生理学的・運動能力、認知・言語機能、情緒・社会性の発達を担うのが大脳皮質です。排便のいとなみを「気持ちよいことだ」という情報として視床・大脳辺縁系が受けとり、大脳皮質に伝えることができれば、大脳皮質は意図的に排便をうながすことにつながります。やがて、こどもが成長してトイレトレーニングがすすむと、大脳皮質の機能はどんどん発達して、さらに上手に排便を制御できるようになるのです。
 


 

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